医薬品開発のための臨床試験|臨床薬理試験を知ろう-初めてのヒトでの試験①

臨床試験の大まかな流れは分かるけど、それぞれの相でどういう試験をやっているのだろう?
ヒトで初めて行う試験って危なくないの?どんなことに気を付けるべきなのだろうか。

この記事の対象者
普段は動物実験をしているが、将来は臨床開発や臨床薬理職に携わってみたい方
臨床試験のうちFirst in Human試験について知りたい方

「製薬業界に興味がある・医薬品の臨床開発職に興味があるけれど、臨床試験の詳しい内容や臨床開発に必要な知識が何かについてはあまりわからない…」という方はいらっしゃるのではないでしょうか?

上記の悩みは薬学部でない方はもちろんですが、薬学部の方でも意外と多いと思います。薬学部で勉強することの多くは薬剤師として必要な知識の習得で、医薬品の法規制や統計学、臨床試験の実行に必要な知識というのはあまり勉強していないことが現状です。

この記事では上記の悩みを解決するために、臨床試験におけるヒトで初めて行う試験(ヒト初回投与試験、First in Human試験)について解説しします。

ヒト初回投与試験試験(FIH試験)はヒトで初めて行う試験である特性上、不確実性が特に高い中で行われます

それゆえ、FIH試験は開発品目のヒトでの安全性の確認において極めて重要な役割を果たします。

FIH試験において最も難しいことの一つは、ヒト初回投与量を決めることです。過去の事例ではFIH試験で重篤な有害反応が出て問題となったものもあります。

今回はFIH試験とは何か?ということとFIH試験にまつわる過去の事例について紹介します。

ヒト初回投与試験(FIH試験)とは?

ヒト初回投与試験はFirst in Human試験FIH試験)と呼ばれ、その名の通り、開発中の被験薬をヒトに対して初めて投与する試験のことを指します。

ヒトに対して初めて行う試験のため、多くの場合、この段階では被験薬についてわかっている情報が非常に少ないことが問題となります。

具体的に利用できる主な情報は、非臨床試験の結果臨床研究による知見先行する類薬の情報となります。

ファーストインクラスの薬剤や新規作用機序を有する薬剤の場合、臨床研究による知見と先行する類薬の情報はほとんど利用できないため、非臨床試験の結果からいかにFIH試験をデザインするかが重要となります。

FIH試験は不確実性が非常に高い試験のため、一部の試験を除いては、被験者が治療上の恩恵を受けることは期待されていません

被験者が患者であっても健康成人であっても、その安全性と人権を確保すること、そして臨床試験により得られる知見の重要性を周知することがFIH試験で考慮すべきこととなります。

FIH試験が問題となった過去の事例

上述の通り、FIH試験では被験者の安全の確保が最優先事項の一つです。

しかしながら、過去に行われたFIH試験では被験者の安全を十分に考慮されていない試験デザイン・実施体制のものもあり、その結果として被験者の重篤な被害が生じたケースがありました。

その中でも特に問題となった事例がTGN1412事件レンヌ事件です。

TGN1412事件

TGN1412事件は2006年3月に英国における臨床試験で起こった重篤な有害反応に関する事件です。

この試験はヒト化抗CD28モノクローナル抗体の第1相試験(FIH試験)でした。実薬を静脈投与された6例全例にサイトカインストームによる多臓器不全が生じ、4名が重症、2名が重体となりました。

この試験の試験デザインを見てみましょう。

試験デザインは静脈内1回投与のプラセボ対照二重盲検ランダム化試験でした。

実薬群は6例、プラセボ群は2例で、用量は動物における毒性試験の結果から0.1, 0.5, 2.0, 5.0 mg/kgを逐次ステップアップする予定でした。また、薬剤投与は8人の被験者に対して順番に10分間隔で投与されました。

この試験デザインの何が問題だったのでしょうか?

一つ目は、開始用量が高すぎたことです。

詳細は割愛しますが、ヒトでの初回投与量を決定するアプローチとしてよく用いられる手法として、NOAEL(No Observed Adverse Effect Level, 最大無毒性量)ベースのアプローチがあります。この手法は現在でも用いられている有用な方法ですが、TGN1412においては、この手法による用量決定では「毒性は出ないと推定されたが薬理作用はかなり出る用量だった」可能性があることがわかりました。

二つ目は、被験者間の投与間隔が短すぎたことです。

8人の被験者が10分間隔で静注されたのに対して、投与後1時間程度で頭痛や腹痛、2時間以内に嘔吐や下痢などが見られました。FIH試験において試験薬のヒトに対する安全性に関する情報はほとんど未知であることを考慮すると、もっと十分な投与間隔を設ける必要があったといえます。

レンヌ事件

レンヌ事件は2016年1月にフランスのレンヌにおける病院で実施されたBIA10-2474のFIH試験で、被験者の死亡が起こった事件です。

反復投与の最終グループで投与を受けた被験者のうち1例が、投与開始5日目に脳卒中様症状でレンヌ大学病院へ転送され、翌日に昏睡状態となり脳死状態となりました。その後、被験者は死亡しました。

TGN1412は注射剤であったのに対してBIA10-2474は経口剤で、試験デザインは経口投与によるプラセボ対照二重盲検ランダム化試験でした。

この試験は単回投与パートと反復投与パートを一つにまとめたIntegrated designをとっており、単回投与パートでは特記すべき有害事象が認められませんでした。

すなわち、TGN1412事件と違い、初回投与量の設定の誤りが問題となったわけではなさそうです。

では、このFIH試験の何が問題だったのでしょうか?

事件の原因は解明されていませんが、一つ目の可能性として、オフターゲットに起因した毒性が考えられます。

BIA10-2474は脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)阻害薬であり,疼痛,不安神経症,摂食行動等への応用が期待されていました。しかし、BIA10-2474は経口剤であることからもわかる通り低分子化合物でした。今回の毒性の原因は、期待される薬理作用(薬効)に関連したオンターゲットのものではなく、オフターゲットに起因したと考えられます。

二つ目の可能性として、用量漸増のデザインが不適切だったことです。

反復投与試験では、2.5, 5, 10, 20, 50 mg/kg(1日1回, 10日間)が予定されていました。

この用量漸増デザインにおける直前の用量との比に注目すると、×2 → ×2 → ×2 → ×2.5となっており、最終用量が最も用量の上がり方が大きいことがわかります。

実は、単回投与試験ではPKの非線形性が示唆されており、投与量を上げると急激に血中濃度が高くなる可能性が考えられていました。

それにもかかわらず、反復投与試験では20 mgの次の用量として2.5倍の50 mgを投与したことにより、前述したオフターゲットの毒性が発現したと考えられます。

この事件を受けてEMA(欧州医薬品庁)はすぐさまガイドラインを改訂し、NOAEL、MABEL(Minimum Anticipated Biological Effect Level, 予想最小生物学的作用量)に加えて、PAD(Pharmacologically active dose, 薬力学的作用量)、ATD(Anticipated Therapeutic Dose Range, 予想治療用量域)の使用が推奨されました。

FIH試験に関するガイドライン

日本におけるFIHに関するガイドラインとして、「医薬品開発におけるヒト初回投与試験の安全性を確保するためのガイダンス」が出ています。

こちらのガイドラインは、2017年11月に日本で行われたFIH試験にて、治験中に被験者の1名が死亡した事件を受けて、2019年の12月に改訂されました。

内容としてはFIH試験を行うにあたって留意すべき事項の概念的なガイダンスとなっています。詳しい内容はガイドラインに譲りますが、以下のような点について詳細な説明がされています。

  • FIH試験の位置づけ
  • 被験薬の重篤な有害反応発現におけるリスク要因の説明
  • 非臨床試験の結果における留意事項
  • 臨床試験の計画・実行における留意事項(試験デザインやモニタリングなど)

米国におけるFIH試験に関するとしては、”Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers“が出ています。

2005年のガイドラインでやや古いですが、どうやってヒト初回投与量を考えるかに関する具体的な指針が書かれています。

ヒト初回投与量の決定方法には様々なアプローチがありますが、こちらのガイドラインでは最もよく用いられる方法の一つであるNOAELベースのアプローチについて具体的な算出手順が記されているので、次回の記事で紹介します。

まとめ

今回はヒトで初めて行われる試験(FIH試験)について、FIH試験とは何か?FIH試験で問題となった過去の事例について紹介しました。

FIH試験はその特性上、試験薬のヒトに対する安全性情報がほとんど未知のまま行わなければならず、時として重大な問題に発展することをわかっていただけたかと思います。

FIH試験を成功させるには、動物試験の結果を正しく解釈し、不確実性が高い状況においてもヒトに対する有害反応を予測してヒト初回投与量を決定し、慎重に試験を進めることが重要です。

次回の記事では、ヒト初回投与量の決め方の一つとしてNOAELベースのアプローチとはどういうものか?ということについて紹介します。

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